にっぽんのうた 世界の歌 / 富沢美智恵 / 二つで一つ

NHK FMで放送中のにっぽんのうた 世界の歌はカーラジオで聴くことが多く、なかなかいい番組だなと思っていた。選曲も渋く、声も地味で落ち着くなあと思っていたので、セーラームーンの火野レイ役の声優さんだとは思ってもいなかった。地味などこかのおばちゃんだと思っていた。

番組の語りのバックで流れているギターのインストルメンタル曲がある。ある日この曲にリクエストがあった。そして流れてきたのが2つで1つだった。

喜びと悲しみは2つで1つだから/と゜うそ゜ 泣かないで/明日はきっと晴れる

出会いとさよならは 2つで1つだから/どうか 忘れないで/いつかはまた出会える

夜の向こう側で 朝が君を待ってる/見上げた月の分だけ心が太陽になるから

あこがれとため息は2つで1つだから/どうぞ諦めないで/夢ならきっと叶う

冷たい雪の下に新しい命がある/凍えた冬の分だけ心が春になるから

喜びと悲しみは2つで1つだから/と゜うそ゜ 泣かないで/明日はきっと晴れる

「禍福はあざなえる縄のごとし」といいましょうか。表裏一体ともうしましょうか。でも、2つで1つというのはいい表現ですね。分け隔てがない、不公平ではない。喜びも悲しみも、同等に評価してますよね。これはいいと思います。リンク先にあったyoutubeのプロモビデオもいいですね。中ごろにテロップされるフレーズもいいですよ。

重荷だと思っていたものは支えだった

いいですねぇ。深いな。

生だったら、死。でも、人は生を愛し、死を忌み嫌う。いつかは死ぬのに、死をおそれあたかもないものかのように取り扱う。これはだめだと思う。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉がありますが、これは死をおそれないということではなく。生きるということは、翻って死ぬことと同じだということです。いかに生きるかは、いかに死ぬかと同じです。2つで1つなのです。「武士道とは生きることと見つけたり」というのではなく、「武士道は死ぬことと見つけたり」ということで、深い言葉になるのです。

ゲド戦記-影との戦い-。最強の敵、”シ”との戦いは自分の影との戦いでした。最後にシを許し、自分の影と同一化して物語は終わります(多分そうだったと思います。もうだいぶ前に読んだので忘れてしまいました)。
ちなみにジブリのアニメは失敗作ですね、宮崎駿がいうように。
そういえば、「崖の上のポニョ」はどうですか。あれは楽しくカワイイ映画でしたが、裏がわは恐ろしい話ではありませんか?一目で好きになった男をどこまでも追いかけていく。嵐をもおこして、会いに行くのです。八百屋お七も真っ青ではありませんか。
ポニョは「女の一生」だと思います。なにも知らない稚魚が男を好きになり、一途に愛する。その過程で変態を繰り返します。映画のラストで、宗介はポニョを生涯愛しますかと問われて「うん」と答えますが、これが宗介の偉大なところなのです。
リサ(宗介の母)、グランマーレ(ポニョの母)、トキ(口うるさいおばあさん、宮崎駿の母がモデルともいわれている)もポニョというか女性の化身です。ポニョはリサになりグランマーレになりトキになるのです。トキにやさしい宗介はポニョにもやさしいままでいることでしょう。
小賢しい男でしたら、「うん」とはいえません。ポニョがおこした嵐にビビってしまうことでしょう。宗介は「うん」と素直に、難しいことは考えずに答えます。
「知らぬが仏」、あれ! 違うか・・・、「喜びと悲しみは2つで1つだから・・・」。ちょっと違うかな・・?・・・

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