先日のアルジェリアでの日本人人質事件は、アメリカのシェールガス革命が遠因であるともいわれている。自国でエネルギーが賄えるようになったアメリカ合衆国が資源国への軍事力の行使を控えるようになり、軍事バランスが崩れて、紛争が流動化してきたというのだ。
そもそも、「革命」といわれるほどのことなので、予期せぬ事象が生じてくるのは当然なのであろう。そういった意味で、「シェールガス革命」は注目せざるを得ないと思っていた。
今日の日経新聞には須藤繁 帝京平成大学教授による、シェールガス革命の影響(上)、買い手優位、世界で顕著は、よくまとめられていて参考になりました。以下に紹介します。
買い手優位、世界で顕著に
須藤繁 帝京平成大学教授
<ポイント>
○米輸入縮小が響きロシア産ガスがアジアへ
○シェール革命の影響は東アジアで最も顕著
○消費エネルギーの一定量は自分で賄う必要
昨年1年間で「シェールガス革命」や「シェール層開発」の認知度が大きく高まった。
シェール(頁岩=けつがん)とは、地質学的には泥岩の一種で、その隙間は100万分の1ミリメートル。一方、メタンの分子サイズは1000万分の1ミリメートルで、泥岩の隙間の10分の1の大きさだ。一般にガスはその分子の10倍程度の隙間では移動性に乏しくシェール層内に滞留する。これがシェール層に封じ込められていたシェールガスで、近年米国で本格的に実用化された水平掘りと水圧破砕により、地上に取り出すことが可能となった。
シェールガスの登場は、既存のガス供給国間の利害関係や消費国との関係を根本的に変えたといってよいだろう。シェールガス開発の影響はまず、米国のエネルギー需給に変化をもたらした。
米エネルギー省が昨年7月に発表した2012年版「年次エネルギー見通し」では、05年に60%程度だった石油の純輸入比率が11年には49%に低下したことに加え、35年には36%へとさらに低下する予測が示された。00年前後の年次エネルギー見通しでは20年時点の石油の純輸入比率は60%程度になるとみていたが、シェール層開発が石油自給率の大幅な改善をもたらした。天然ガスに関しても11年の純輸入比率は11%だったが、20年過ぎには需給が均衡し、35年には5%程度の純輸出に転じるとみられている。
国際エネルギー機関(IEA)が昨年11月に発表した「世界エネルギー見通し」でも最大の注目点は米国だ。米国はシェール層開発を主因として、ガスでは15年にロシア、石油では17年にサウジアラビアをそれぞれ上回り、世界最大の生産国になるとみている。
米国のシェール層開発が国際エネルギー情勢に及ぼす影響は既に顕在化している。
1990年代後半に米国はガス需要の増加を北米での供給増だけでは充足できず、2000年代初めには消費量の約10%を輸入で賄うに至った。その時点では将来の需要を充足するには大量の液化天然ガス(LNG)輸入が不可避とみられ、全米各地にLNG輸入ターミナルの建設が計画された。前述のエネルギー年次見通しの04年版でも、米国の25年のLNG輸入量は1億トン以上に膨らむと見積もられていた。しかしながら、その後本格化したシェールガス生産により、これらの建設計画の大方は雲散霧消した。
その一方で、ガス生産国(カタール、ナイジェリア、トリニダード・トバゴ、赤道ギニア)は、米国のLNG輸入を当て込んで生産能力を大幅に拡張した。しかし米国との契約に至らなかったため、大量のLNGを長期契約以外の形態で取引せざるを得なくなった。米国に持ち込めなくなったLNGはスポット(随時取引)市場に流れ、主に欧州市場で売買されている。
シェールガス開発の本格化と軌を一にして起きたことは、LNG取引の買い手市場化である。中でも欧州のガス・電力会社がロシアからの長期契約ガスの引き取りをやめて、スポットLNGに切り替えたことが象徴的だ。こうした玉突き現象の結果、最も重要なのは、ロシア産ガスの行き先が欧州からアジアにシフトしつつあることである。
一方、中国は06年にLNG輸入を開始した。そして09年末にはトルクメニスタンから天然ガスの輸入を開始し、11年11月には600億立方メートルまで増量することで合意した。中国の天然ガス需要は90年の147億立方メートルから、00年には245億立方メートル、10年には1076億立方メートルに増えている。さらに中国政府によれば、20年には3800億立方メートルに増えるとみられている。
中国はこれまでも環境対策面から天然ガスの導入を重点的に進めており、これからもその方向性は変わらない。20年のガス需要の内訳に関しては、在来型国内天然ガス生産が2000億立方メートル、シェールガスが1000億立方メートル、コールベッドメタン(石炭層に含まれる天然ガス)とLNG輸入合わせて800億立方メートルという絵が描かれている。
11年4月に米エネルギー省がまとめたリポートによれば、中国のシェールガス資源量(回収可能量)は、世界最大の36兆立方メートルに達する。第2位は米国の24兆立方メートル、第3位はアルゼンチンの22兆立方メートルで、以下メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、カナダの順である。中国のシェールガス開発は世界のエネルギー需給のみならず、地球温暖化対策の方向性に大きな影響をもたらす。
シェールガス革命がもたらした地殻変動が最も顕著で、今後さらに先鋭化するとみられるのが東アジアである。東アジアには今3つの大きなガス供給の波が押し寄せようとしている。ロシア産ガスの東方シフト、シェールガス開発を背景とした北米産LNGの流入、中国のシェールガス国内開発の3つである。これらに日本のメタンハイドレート(海底の天然ガス資源)開発が加わり、2020年代にはこの4つの大きな流れが均衡点を模索することになると予想される。
このうち北米産LNGに関しては、今月6日に東京電力は三菱商事と三井物産を通じて年間80万トンを17年から輸入する計画を発表した。輸入のみならず、LNGプロジェクトの権益確保も進んでおり、中部電力・大阪ガス連合、三井物産・三菱商事連合、住友商事・東京ガス連合の3プロジェクトは、合計で最大輸出能力3000万トンのLNGプロジェクトに参画している。
こうした大きな流れの中で、今後日本が目指すべきは国際LNG価格体系の是正である。日本の天然ガスの調達コストは12年9月には、100万BTU(英国熱量単位)あたり単価で米国の天然ガス指標価格(ヘンリーハブ)の6倍に達した(図参照)。その後はやや沈静化しているものの、エネルギー輸入金額の増加は貿易収支悪化の一因となっている。
日本のLNGの調達コストが高い理由の一つは、天然ガスパイプライン網が未整備であることだ。もう一つは、量の確保を優先した長期契約を採用していることである。同契約では原油価格連動方式が採用されており、シェールガス革命によるガス価格低下の影響を享受できない。
LNG取引の決済価格には今日、合理的な価格体系の再構築が求められている。そうした中で、韓国は米国産LNGを基地の出口で買う方向で交渉している。その場合、取引価格は米国の市場価格に液化コストを上乗せする形で決められる。結果的に、韓国の北米産LNG導入が東アジア向けLNG価格体系見直しの契機となる可能性が高い。
前述した東アジアにおける4つの大きな流れの均衡点を模索するにあたっては、日本が自前資源を持つか否かにより、その地政学的意味は大きく変わる。北米産LNGの輸入確保はロシアに対するけん制球となり、ロシア産ガスの輸入は中東・アジアの既存LNG供給者に対して大きな価格是正圧力となる。そして何より日本がガス価格交渉で一定の発言力を確保するには、需要全体の10%でも自前の資源を持つことが必要だ。
エネルギーベストミックスは結果における絶妙なバランスの実現ではなく、消費するエネルギーの一定量についてはあらゆる手段を講じて自分で賄うという戦略意思に関わる問題にほかならない。
日本は天然ガス調達の選択肢が少なくないことを十分に認識し、かつそうした立場を強化するためにも、エネルギー自給率の改善をもたらすメタンハイドレートの開発を確実に進めることが重要だ。今年1月28日、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は地球深部探査船「ちきゅう」を用いて、愛知県渥美半島沖で海洋産出実証試験に着手した。同事業では準備作業終了後、メタンハイドレート分解によるガス生産実験が実施される。着実な成果が上がることを期待したい。
すどう・しげる 50年生まれ。中央大卒。専門は石油産業論
続いて、同じく日本経済新聞2013/2/7の記事。
シェール革命、世界の構図変える可能性 米の影響力一段と マネーの流れ・産業競争力・安全保障 日本、安定調達に生かせ
2013/2/7付
シェールガスと呼ぶ新型資源の登場が世界に「革命」を起こしている。大資源国としての米国の台頭はエネルギー需給だけでなく、マネーの流れや産業競争力、安全保障の構図も変える可能性を秘める。エネルギー資源を輸入に頼る日本はこの変化に向き合い、安定調達に生かしていかなければならない。(1面参照)
最大の生産国に
国際エネルギー機関(IEA)は米国が2015年に天然ガスでロシアを、17年に原油でサウジアラビアを抜き、世界最大の生産国になるとの見通しをまとめた。シェールガスやシェールオイルと呼ぶ新型資源の生産が急増しているためだ。
米国は世界最大の原油・ガス消費国だ。原油消費量の4割超、天然ガスの1割弱を輸入している。これが不要になり輸出も可能になるという。
06年に単位あたり9ドルを超えた米国の天然ガス価格は現在3ドル前後。ダウ・ケミカルやエクソンモービルは安いガスを原料に使う石油化学工場の建設を決め、製鉄所の新設計画も進む。米国の製造業はエネルギーコストの低下をてこに復権の道筋をつけつつある。
米国の「エネルギー自立」は貿易収支を大きく改善する。中東に依存していた原油輸入がいらなくなれば、中東の動乱に備えた国防費の軽減につながるとの見方もある。
一方、日本は世界最大の液化天然ガス(LNG)輸入国だ。原子力発電を代替する火力発電用の需要は急増し、12年の輸入量は前年比11%増の8730万トン。加えて欧米と違い、原油価格に連動して決まる日本のLNG価格は米国の天然ガス価格に比べ約5倍高い。
発電燃料費の増大は年間3兆円の国富流出を招いている。米国産の割安なガスを使うLNGを輸入できれば、「価格は下がる可能性がある」(日本エネルギー経済研究所の小山堅首席研究員)。
東電400億円投資
東京電力は6日、三菱商事や三井物産を通じて米国産LNGを輸入する計画を発表した。これ以外からも割安なLNGを確保する交渉を進め、10年代後半をめどに年200万トンを調達する。受け入れに向けてタンク新設などに400億円を投じる。
現在の価格水準が維持されれば、東電は既存契約より約3割安くLNGを調達でき、年500億円程度の燃料費圧縮につながるという。シェール革命を利用し、割高なLNG取引に風穴を開けることが重要だ。
ただ、シェールガスがすべての問題を解決するわけではない。IEAのチーフエコノミスト、ファティ・ビロル氏は「天然ガスの黄金時代が軌道に乗るには二つの課題がある」と指摘する。
一つはシェールガスの採掘は水や化学物質を多用し、環境への影響を懸念する声があることだ。欧州には採掘を認めていない国もある。もう一つは、「米国の天然ガスがいつも安いとは限らない」(商社関係者)ことだ。ビロル氏は「ガス価格が5ドルなら石炭のほうが競争力がある」と指摘。米産業界にはLNG輸出に否定的な意見も根強い。
資源の安定調達に重要なのは調達先の分散だ。シェールガスのリスクも織り込みながら新たな調達ルートを開き、既存の調達先との交渉に生かす工夫が欠かせない。
(編集委員 松尾博文)