『幻影師アイゼンハイム』(げんえいしアイゼンハイム、原題:The Illusionist)という映画を見て、面白いと思ったことがある。Wikipedia で調べて原作を読もうと思ったほどだ。’2008年5月24日に公開’とのことなので、その頃の話だ。私の心に強く残った映画だったが、いつものように記憶の彼方にしまわれていた。この映画が2013/4/19にNHK/BSにて放送された。たまたまだが、番組表をチェックしたときに見つけ、録画しておいた。2013/4/25、たった今その録画を観終わったところだ。
これに先立つこと一月前、八幡町のツタヤ書店で面白そうな本を見つけた。後日のため、写真を撮っておいたのだが、撮影日は2013/3/24となっている。生きる 死ぬ その境界はなかったという本だ。タイトルが今の私の信条に近いものがあったのだ。早速図書館で予約しようとしたのだが、仙台の図書館には在庫が無かったので、代わりと言ってはなんだが、同じ著者の死者との再会と人は死なない-ある臨床医による摂…を借りた。2013/3/31のことである。
借りてからは、寝る前に少しずつ読んでいるが、まだ返していない。そろそろ督促が来そうだ・・・。ということで、パラパラと読んでざっくりと紹介すると。
「人は死なない・・・」は、東京大学大学院医学系研究科・医学部緊急医学分野教授・医学附属病院救急部・集中治療部部長の矢作直樹氏が著者で、最近のスピリチュアル系の書籍によく並んでいるである。アカデミックな医学者が、スピリチュアル近辺の事柄を平易に解説した本である。
死者との再会は、予想していなかった鏡視の本であった。白雪姫で、魔法使いが語りかける「鏡よ、鏡よ、鏡さん・・・」である。鏡視の技術を利用して死者との対話を図るという書籍である。私があまり本気にしていないジャンルだったのだが、この本のお陰で、見直すことができた。ダウジングとかはやってみて、実際に使えることはわかったので、今度は、この鏡視を是非やってみようと思う、とはいっても、実際の鏡を使用してというのは難しいみたいなので、水晶でかな。
ということで、死者との再会の中で、キモと思われる部分-死者との対話のための部屋-について紹介してみよう。104-113頁部分だ。
現代のプシュコマンテウム
白昼に夢を見る者は、夜にしか夢を見ない者が気づかない多くのことを認識している。 エドガー・アラン・ポー
歴史をたどって鏡視の役割を研究した後、わたしは死者との面会の手助けを古代ギリシア人と似た方法でやってみようと考えた。
わたしが考案した方法なら、生者のあいだに死者を呼び出すことができるに違いない。だが、その方法を実行して危険はないだろうか? そう思って、死者の幻像の研究では第一人者のウィリアム・ロール博士に相談してみた。博士は、白分の知るかぎり死者の幻像を見てひどい目にあったというケースは一件もない、と教えてくれた。ホラー映画や本のせいで、死者の幻像を見るのは危険なことだというイメージが広まっているが、実際はそうした体験は悲しみを和らげ、ときには解消することさえあり、むしろ人々の役に立つことがわかった、と博士はいった。
わたしの考えた方法を実践するには、まず特別な環境を整える必要があった。そこで、アラバマにもっていた古い粉ひき小屋の二階を改造し、現代版の死者の託宣所をつくり上げた。死者の幻像を見るという目的は古代ギリシアの託覧所と同じで、設備だけ近代化したものをつくったのである。
まず、幻視を体験する場所としてひと部屋を用意した。部屋の一方の壁には、高さ一・ニメートル、幅一メートルの鏡を、底部が床から九十センチ上にくるように取り付けた。
次に、座りごこちのよい安楽椅子を用意し、背もたれのてっぺんが床から九十センチの高さになるように脚を切った。その椅子を鏡の九十センチ手前に置き、ほんの少し後方に傾ける。そうすれば、楽に座れるだけでなく、鏡視者の姿が鏡に映らなくなる。そのくらいの角度にすると、鏡を見たとき深い奥行きが出て、しかもそこには見ている人の背後の闇しか映らない。つまり、鏡の中に澄みきった深い暗闇ができるのだ。
その暗闇を確保するために、椅子の周囲には天井から黒いベルベットのカーテンをつるす。カーテンレールは鏡と椅子をぐるりと囲む形に塗っているので、そこにカーテンで仕切られた小部屋ができあがる。小部屋の中の、椅子のすぐ後ろには、十五ワットの電球がついた小さなステンドグラスのスタンドを置く。これで部屋全体の明かりを消し、窓についた厚いカーテンとブラインドで外光を遮断すると、スタンドのほのかな光だけが室内唯一の照明になる。
闇の中の薄明かりと、深みをのぞける鏡を備えたこの単純な部屋が、鏡視を行う理想的な環境となる。これでわたしの理諭を実証する準備が整ったわけだ。
初期の実験
最初に設定したのはごく単純な問題だった。環境を人為的に調整すれば、健康で正常な人が愛する故人の幻像をいつでも見られるようにできるだろうか?この問題を調べるため、実験に協力してくれるという人を十人集めた。
この種の実験を行うときの常として、被験者は一定の条件に基づいて選んだ。以下はその条件である。
・分別があり、人間の意識に関心をもっていること
・情緒的に安定していて、好奇心が強く、自分の意見をはっきり表明できること
・情緒的または精神的な障害を持っていないこと(これは、被験者に悪い反応が出る可能性を避けるための条件である)
・神秘主義的なイデオロギーを信じていないこと(そういう傾向があると、実験結果に影響するので分析が難しくなる)
これらの条件にあてはまる知人を候補として、カウンセラー、精神科医、医者、大学院生、その他さまざまな職業の人に声をかけた。
実験の目的は、被験者全員に詳しく説明した。これからやろうとしているのは、あなた方がずっと親しくしていて、もう一度会いたいと思っている故人を呼び出すことです、と話したのだ。それから、その故人のもち物で、故人と強く結ひつき鮮烈な思い出を残している遺品をいくつか選ひ出すように頼み、実験当日、その品々をもってきてもらうことにした。
実験するのは1回に一人だけと決め、日取りを調整した。各被験者には、当目の朝十時に、遺品と、できればアルバムを持参してきてもらう。服装は身軽に、靴も歩きやすいものを、と指定した。
朝食は軽めに取るのはかまわない。ただしコーヒー・紅茶なとカフェインを含む飲み物は控えてもらう。
被験者が到着すると、まず一緒にのんびりと田舎道を散歩し、そのあいだに被験者がどんな動機でその故人に会おうとしているのかを話し合う。そのとき、故人に会えるといっても確かな保証はないと話すことにしている。絶対に会えるとまでいい切れないのは事実だが、実はそう念を押すことには隠れたねらいもある。どうしても故人に会わねば、というプレッシャーを取り除きたいのだ。そういうプレッシャーがかかると、被験者は不安になり、結局故人に会えるチャンスも減ってしまう。
散歩がすむと、スープ、サラダ、果物に、フルーツジュースまたはカフェイン抜きのソーダといった軽い昼食を取る。その後、腰を落ち着けて話し合い、故人のこと、それに故人と被験者の関係について細かく探っていく。このときは、故人がどういう人だったか、その容貌から癖にいたるまであらゆる面を取り上げて、人物像を浮き彫りにする。
被験者はたいてい、重要な意味をもつ、感動的な思い出を話してくれる。話し合いのあいだ、遺品はわたしと被験者のあいだに置かれ、被験者はそれをしばしば手に取る。
遺品の中には見るからに心に迫るようなものもあった。ある男性は、父親の釣り道具をもってきた。姉の帽子をもってきた女性もいた。そういう具体的な品々は、強烈に心に働きかけて亡き人をしのばせてくれるのだ。
一部の被験者には、幻視の部屋に入る前に、スタッフのつくった特製のべヅドに横になってもらった。リクライニング式で寝ごこちのよいそのベッドには、スピーカーがついていて、そこから流れ出す音楽が骨格を通じて体のすみずみにしみ渡り、深いくつろぎの状態をつくり出す。このベッドは、くつろぎのレベルを高める目的で、被験者の約半数に使ってもらった。
こうした準備をタ方まで続けてから、被験者を幻視の部屋に導き、小部屋のスタンドだけつけてほかの明かりを全部消す。それから、鏡の奥深くを見つめ、リラックスして、雑念を払い故人のことだけ考えるよう指示する。幻視の部屋には好きなだけいられるが、時間が気にならないように腕時計ははずしておいてもらう。
実験の最中には、隣室にアシスタントが控え、何かあったら手を貸すことになっている。被験者が部屋を出てきたら、しめくくりとして、何が起きたか話してもらう。このとき被験者は、思いきり感情をはき出し、自分の体験について気がすむまで話してよいことになっている。この体験報告は、→時間以上続くこともある。わたしのほうから話をさえぎったり、せかしたりすることはない。この実験は、被験者自身が終了と決めた時点で終了するのだ。
-そこには生身の母がいました」
ここで被験者の典型として、亡き母親に会いたいといってきたある男性のケースを紹介しよう。彼は、わたしがニュージャージーの講演会で鏡視の可能性について話したのを聞いてやってきたのだった。
話を聞いてみると、前年に亡くなった母親が恋しくてならないという。彼は幼いときに父親を亡くし、母親の手一つで育てられていた。そのため、母親とのあいだに普通より強いきずながあり、亡くなって以来ずっと悲しみにくれていたのだ。
本人の経歴を尋ねると、歳は四十代半ばで、ニューヨーク市の公認会計事務所で高い地位についており、心理的な問題で医者などにかかった経験はないということだった。
この男性は鏡視実験の優れた被験者になるだろう、とわたしは思った。実験の過程を理解する能力をもち、やる気がある上に、先に述べた条件にもあてはまっていたからだ。
そちらへうかがって実験に参加したい、といわれたときは、期待に胸が躍った。当日彼を迎えると、先に述べた手順に従って準備を進めた。午前中は長い時間をかけて田舎道を散歩し、彼がなぜ亡き母親に会いたいのか、その動機について話し含った。常々思うことだが、運動は人の気持ちを解放するのにたいへん役立つ。心理学者の中には、散歩やランニングを蕪本的な治療法に取り入れている人もいるぐらいだ。この実験でも同じことがいえる。彼は散歩のあいだに母親のことを話し始めた。母親が女手一つで彼を育てるためにどれほど犠牲を払ったかという話をしたときは、胸が一杯になったようだった。
「亡くなる前の母は、重い病気に苦しんでいました」と彼はいった。「もう一度母に会いたい理由には、母がいまとこにいるにしてもとにかく幸せであることを確認したい、そんな気持ちもあると思います」
昼食の後は一緒にアルバムを広げ、何枚もの写真を見ながら彼と母親がともに歳を重ねていく姿を追った。最初のほうの写真にはたくましく幸せそうな女性が写っていたが、最後のほうでは老いと病にやつれた姿に変わっていた。彼が母親とほほを寄せ合っている写真もあった。写真の中の彼はほほえんではいるが、母親の衰弱ぶりが心に重くのしかかっているのが見て取れた.
その後、彼が持参した遺品について話し合った。それは母親が晩年に着ていたセーターや、若いころかぶった帽子などだった。
「服には思い出がしみついています」遺品について説明したとき、彼はそういった。「母の感触や、母のしぐさまで思い出せるものをもってきたかったんです」
夕方になると、彼を幻視の部屋に通し、実験の手順を説明した。それからわたしだけ部屋を出た。彼は一時間ほどして出てきた。晴れやかな笑顔で、ほほには涙の跡が見える。いまの体験でとても元気づけられました、と彼はいった。そこでオフィスに場を移し、何を見たのか話してもらった。鏡の中に見えたのは間違いなく母です! どこから現れたのかは知りませんが、そこには確かに生身の母がいました。母は鏡の中からこちらを見ていました。服装はよくわかりませんでしたが、歳は死んだときと同じ七十代後半だったと思います。でも、死ぬ前より元気で幸せそうでした。
唇は動きませんでしたが、母はわたしに話しかけ、そのことばははっきり聞こえました。「わたしは元気よ」といって、にっこりしたんです。
わたしはすっかりくつろいで、ただ母を見ていました。両手がしびれたような感じで、心臓の鼓動が早くなったのがわかりました。その後、こちらから話しかけてみました。「また会えてうれしいよ」というと、母が「わたしもよ」と答え、それで終わりでした。母はすっと消えてしまったんです。
この体験によって、彼は母親の死を心穏やかに受けとめられるようになった。「あのとき見聞きしたことからだけでも、母がもう最期のころのように苦しんでいないことがわかります」彼はそういった。「それだけでも、ずいぶん気が楽になりました」
この被験者は、母親の姿は確かに鏡に現れたと思っていたが、それがどこからきたのかについては結論が出せなかった。自分の記憶がそういう形で現れたのかもしれないし、本当に母の霊魂だったかもしれない、と彼はいった。いずれにせよ、答えはこうだと断定するには至らず、このようにいったのだ。「なぜあんなことが起きたのか、確かな理由はわかりませんが、母に会ったのは事実です」
驚くべき成果
わたしは鏡視実験をまだ一度も行わないうちから、この実験で死者に会える確率はごくわずか、おそらく十人に一人ぐらいだろうと予想していた。また、死者に会えた被験者はだれもがその”現実味”を疑い、自分の体験は”本当にあったこと”なのか単なる”想像”なのか、判断しかねるだろうと思っていた。
しかし実際の結果は当初の予想とは驚くほど違っていた。ほんの十回ほど実験しただけで、死者の幻像を見るという人類共通の体験は再現可能鞍ものとわかったのだ。そのとき被験者となった十人のうち、五人が死んだ親族の姿を目にした。施設を改艮し、わたしの腕が上がってからは、さらに成功率が高まった。それでも最初のころの実験を思い返すと、いまだに驚異の念を禁じ得ない。
鏡視の危うさについて言及している箇所もあったので、それも紹介しておこう。
ここで、わかっていることを一つあげてみよう。無意識の領域にある不快な思考や記憶、あるいは衝動が意識の領域に浮かび上がろうとすると、人はしばしば不安にかられる。このだれにでもある経験を、フロイトは<不安信号>と呼んだ。
一部の人が鏡視をタブーと見なす理由の一つに、無意識の心にあるものが一気に意識の中に流れ込むことに対する恐怖感がある。無意識の記憶や感情がおもてに出ればひどいことが起きるのではないかーたとえば、困惑におそわれたり、自制心を失ったり、取り返しのつかないことをして恥をかいたりするのでは、と恐れるのである。
鏡視の最中に無意識の心が浮かび上がることは確かにあるが、それは一部の人が思うような恐ろしいことでは決してない。たいていは有益で、その人の成長や発達に役立つことなのだ。
鏡視は危険な思考や衝動を呼び起こすものだと非難する人がいるが、わたしの経験からいえばそれこそが鏡視の利点である。そのことをよく示す話が、古典学者W.R.ハリディが一九一三年に著した『ギリシアの占い』に載っている。わたしが七年の歳月をかけて鏡視について調査した中で、鏡視に関連して心理学的に不幸な事件が起きた例は、この一件しか見つからなかった。
ハリディはその話の中で鏡視を”迷信”と呼び、こう述べた。「教育が受けられず、ほかの人のように見識を得る機会をもたなかった人々のあいだで、鏡視は迷信以上に深刻で悲惨な事件を引き起こしてきた。一九〇一年十月二十八日付『マンチェスター・ガーディアン』紙には、カディフの郵便局員の妻がガス自殺を図った件に関する検視官の報告が戦っている。その女性の義父の証言によれば、彼女は前の週に占い師を訪ねており、帰宅後『いわれたとおり水晶球をのぞいたら、自分が椅子に座ってガス自殺を図っているところが見えた』と話したという」
ハリディはこの痛ましい話から、鏡視者の存在を許してはならないという教訓を引き出したようだ。彼はこの女性が自殺したのは水晶球に見た幻像のせいだといいたいらしいが、精神医学の専門家ならほとんどの人がそうではないことに気づくだろう。この場合、因果関係は逆なのだ。幻像を見たのも、そしておそらくは占い師を訪ねたこと自体も、彼女が抑鬱状態にあったために起きたことである。この女性は占い師を訪ねる前に、もう自殺寸前の抑鬱状態にあったのだ。水晶球に見えた幻像は、彼女の無意識の心の投影にすぎない。 50-51頁
話を先に進めると、冒頭に述べた『幻影師アイゼンハイム』(げんえいしアイゼンハイム、原題:The Illusionist)という映画は、実にこの「鏡視」が全編にフューチャリングされていた映画だったのだ。最初見たときは、単なる奇術映画だったんだという認識しかなくて、「鏡視」については思いつかなかったし、記憶にもありませんでしたが、いやはや、この「鏡視」がなければ、この映画が始まらないといっても過言ではないくらいに「鏡視」の映画であったことにはびっくりしました。
せっかくですので、この『幻影師アイゼンハイム』のストーリィをご紹介すると・・・、
ピュリッツァー賞受賞作家スティーヴン・ミルハウザーの同名短編小説を「レッド・ドラゴン」「25時」のエドワード・ノートン主演で映画化した幻想ミステリー・ロマンス。19世紀末のウィーンを舞台に、身分の差ゆえに一度は諦めた初恋の女性を巡って、一人の天才幻影師が自らの奇術を駆使して時の皇太子に果敢に立ち向かう姿を、妖しくも格調高く描き出す。共演はポール・ジアマッティ、ルーファス・シーウェル、ジェシカ・ビール。監督はこれが長編2作目の新鋭ニール・バーガー。
19世紀末、ハプスブルグ帝国終末期のウィーン。イリュージョンが見せ物として隆盛を誇る中、天才と評され絶大な人気を集める幻影師、アイゼンハイム。ある日、評判を聞きつけた皇太子レオポルドが観覧に訪れる。ショーの途中、皇太子が同伴していた婚約者を舞台に招いたアイゼンハイムは、彼女が幼なじみのソフィと気づき動揺する。かつて2人は互いに愛し合いながらも、階級の壁の前に引き離されてしまったのだった。そんなアイゼンハイムは王宮に招かれた際、皇太子の前で挑発的な態度に出る。これに逆上した皇太子は、自らに仕える警部ウールにアイゼンハイムの追い落としを命じるのだったが…。
というような内容(http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=327031)ですが、体制に迎合することなく、誰が見ても不可能なことに挑むというストーリィは、良かったですね。また、このアイゼンハイムの哲学的思考がまたいいです。幼馴染の皇太子のフィアンセ、ソフィにベッドの上で自らの旅について語る個所を紹介してみましょう。
ソフィ:逃げて 最初はどこへ (身分の違いで、二人は引き離され、アイゼンハイムは逃亡する)
アイゼンハイム:プラハのおじの農場
ソフィ:なんて素敵
アイゼンハイム:次はロシア・・・、小アジア・・・そして長い間東洋にいた。
ソフィ:長かったわ(so long…,)
アイゼンハイム:戻ろうとした。・・・でも・・、すぐ そこにありそうで・・・。(I was meant to return. …I just…,I was thinking I just finding it after trying the next corner
ソフィ:なにが?(what?)
アイゼンハイム:本当の謎 (A real mystery)
ソフィ:・・・(不思議そうに顔を見上げる)・・・
アイゼンハイム:奇跡を見てきた・・・唯一 解けなかった謎は・・・君を忘れられない自分の心 (I saw remarkable things…The only mystery that I ‘ve never solve was my heart could not leave you.)
後半、大事だと思うのでセリフの原語、列記しておきました。耳がよくないので違っているかもしれませんが・・・。最後の決めセリフ(!?)は、果たして口説き文句にはなるのでしょうか?ちょっと疑問ですが・・・、いいセリフです。
ということで、そろそろ〆の時間ですが、なにが言いたいかというと、「シンクロニシティ」です。「鏡視」にまつわることが立て続けに起こってしまいました。不思議ですね。ここまで、来ると、何としても私の前に、ソフィのような美人に現れてほしいところです。
と書いたところで、さらに気づいてしまいました。うーむ、しかしこれはあまりうれしくはない・・・。2013/4/23に見た映画「ヒッチコック」にヴェラ・マイルズ役で、ソフィ役のジェシカ・クレア・ビール(Jessica Claire Biel)がしっかり出演していたではありませんか!? 映画「ヒッチコック」のヒッチコックは60歳と私の齢と同じですが、これは、あまり関係ないか。