子どもはみな前世を語る

子どもはみな前世を語るを読んでいます。寝る前に読んでいるのですが、531頁もあるので、半月ぐらいかかっているかな。現在は400頁目あたりで、もう少しで読み終わります。以前に、猿の詩集(上・下) / 丸山健二を読んでいるときに、父親を身近に感じたのですが、この本を読んでいるときに子供たちの存在を感じました。

原題は”Children’s Past Lives”。著者、キャロル・ボーマン(Carol Bowman)が、実の子供達が過去世を語っていることに気づき、その劇的なヒーリング効果などを眼前に見ることにより、過去世療法、退行催眠などを学習し、研鑽、追求していく本です。理屈のみではなく、実生活に根ざした体験なので、説得力があり、著者の研究の成果なども交えての進捗状況も、貴重なものであります。『前世療法』の著者、ブライアン・ワイス、輪廻転生のイアン・スティーブンソン氏をはじめ、おもだった、前世や輪廻のキーパーソンにも言及、参照しているので、そのあたりの勉強している人にはお薦めできる本です。

ちなみに“past life regression”でyoutubeを検索してみたらかなりのムービーが並んでいました。時間のある時にゆっくり鑑賞するつもりです。言葉がゆっくりなのでヒアリングの勉強になるかななどとも考えたりしました。

さて、この本から今回ご紹介するのは、子供がエンジェルだったはなしです。(338-339頁)

 

【小さな赤い車】
これは、子どもたちが「受胎するずっと前に、両親の周囲を浮揚していた」と語っている、数多くの事例のうちの一つである。この事例を私に伝えてくれたのは、ワシントン州に住むジュデイーという母親だった。
それは、彼女の二歳の娘ジェシカが、どうしてママはいつも車椅子に乗っていて、他の人たちのように歩けないのかと尋ねてきたときに始まった。二歳の子どもに理解可能な言葉を用いて、ジュディは、彼女の足を不自由にした交通事故のことを話して聞かせた。するとジェシカは言った。
「私、そこにいた」
「そんなはずはないわ、ジェシカ。ママがまだずっと若くて、結婚していなかった頃のことなの…」
私(ジュディー)は言いました。「あなたはまだ生まれていなかったのよ」
「私、そこにいた」彼女は静かな自信を漂わせながら、同じ言葉を繰り返しました。
とっさに私は、彼女の話を真剣に聞く必要性を感じました。
「どのあたりにいたの、ジェシカ? ママはあなたがいることに気づかなかったんだけど」
「あそこで.座って見ていたの。ウー、ウーって言う車が来て、ママを連れて行くまで」
私は唖然として尋ねました。
「そうやって、ママがもう大丈夫だということを確かめようとしていたわけ?」
「うん」そう言うと彼女は、私の車椅子から手を離し、走って遊びに出かけていきました。
私はこのジェシカとの会話を、その後何日にもわたって、気がつくと頭の中で反芻していました。私にそうさせたのは、彼女が言ったごとそのものというよりも、そのときの彼女の真剣な表情でした。
私は母に、この会話のことを話しました。すると母は、サラッと言ったものです。
「あなたに守護天使か何かがついていたことはわかっていたわ。でも、それがあの子だったなんてね。そこまではわからなかった」
二週間後、もっとビックリすることが起こりました。ジェシカが突然、部屋に入ってきてこう言うのです。
「あのときママは、小さな赤い車から投げ出されたのよね? それで大怪我をしたのよね?」
「そうよ。車から投げ出されたの。でも、赤い車だったかしら?よく覚えていないな」
ジェシカは自信ありげに繰り返しました。
「小さな赤い車がママを投げ出したの。それでママは、怪我をしたの」
私はハッとしてその小さな天使を見つめました。小さな、赤い車……そうだ。そうよ。思い出したわ。確かにそうだった!あの車は、小さな赤のフォルクスワーゲンだった!

男女のハートに弓矢をあてて恋の成就に手助けをするというキューピット。あのキューピットはお父さんとお母さんを選んで結びつけ、その子供となって生まれて来るという話を、最近なにかの本で読み、なるほどなあと思っていた矢先、この話に出会いました。

いつか見たいと思っていた僕の天使。実はこどもたちだったんだね。サンキュー!

奇跡体験 アンビリバボー 前世の記憶を語る主婦

たまたま見ていたらこれでした。奇跡体験 アンビリバボー 前世の記憶を語る主婦

この主婦の方の「浅間山噴火」についての番組は何回か繰り返し放映されているのを見たことがありましたが、今回もおもしろかったですね。

今回の目玉というか「ウリ」は真性異言現象です。

しかし、一度退行催眠に入って前世を意識するようになると、それは現世にも影響を与えてしまうのだろうか。というのは、番組の中でこの主婦の方が「料理をつくっていて肉を包丁で切るときに前世の兵隊の時に殺した敵の顔が浮かんでくる」というようなことを話していたからです。

内容的には20分くらいでしょうか、同じ場面がなんども放映さしたり、CM込みで1時間にのばしたという感じで、多少つかれましたね。

催眠療法士の方が、手に小型マイクをもって録音していまして、かなり明瞭に音声も聞こえました。マイクとかビデオカメラも小型高性能化してきているので、前世療法の状況が今後ますます公開されるといいと思いますね。

と思いつつ、ユーチューブを検索してみたら、意外と多かったです。

http://www.youtube.com/results?search_query=前世&aq=f

あなたは死なない―「魂の科学」が人生を変える/イアン・カリー

暑い日が続いていますが、ご自愛下さい。

あなたは死なない―「魂の科学」が人生を変えるを読みました。とてもおもしろかったです。

著者はカナダトロント大学社会学部教授、「死」に関する講座を持ち、医学・老年医学・神学・心理学の同僚教授たちとともに、運営した。本書は、豊富な実例とともに、ゴースト臨死体験体外離脱、あの世、輪廻転生、退行催眠、カルマなどについて語る。

はったりなどのない、誠実な説明は非常に好感がもてました。

この手の本で、注意するのは、読んでて怖いか怖くないかです。なにせ、就寝前の読書が習慣なものですから、怖いのは困ります。睡眠は小さな死という話もあるので、この本を読むと、寝るのが楽しみになりましたね。語り口も平易でやさしいから、神経を静めるにはもってこいです。

ということで、この本の中で本来はあの世にいくはずの死者がなぜこの世に留まっているのかについての部分(96ページから97ページ)を紹介しましょう。

未完成の仕事

ゴーストを地上にとどまらせてしまう、多くの種類の「未完成の仕事」がある。ここにあげるタイブのゴーストは、スピリット(霊)が、「アースバウンド(地上にとどまっているスピリット)」となってしまうだいたいの状況を明らかにするだろう。

第一番目の事例は、本章の前半に出てきた、せっかくお金をかけて内装を手入れしたのに、ゴーストのために住めなくなった家の事例である。ニューヨーク州ロックランド郡のダントン・ウォーカー氏の家にいたゴーストである。彼は、ポーランド系の移民だった。アメリカ独立戦争のときには、アメリカ兵として従軍した。彼は、秘密の軍事計画文書を運んでいる途中に、英国軍に捕らえられ、残忍な拷問にかけられた。その結果、精神に異常をきたし、数年後に死んでいた。そして、いまだに「捕虜となる前にかくした機密文書を守りぬくことだった。彼は、そのことにいまだにとらわれていたのだった。パーク・アベニューに開業している精神科医のL医師は、トランス・サイキックであるアイリーン・ギャレットの協力を得て、この「存在」と対談し、救っている。

そして、その日から、幽霊現象はやんだ。

次の「未完成の仕事」が原因の幽霊現象の事例ぱ、先の事例に比べるとドラマチックなものではない。

退役した「現実的な性格の」英国海軍将官の家族に起こったできごとである。彼の二人の息子たちが、彼に次のようにうったえはじめた。夜、息子たちが部屋で寝ているときに.「何者か」が部屋にいるというのである。二人の息子は、音を聞いていた。そして、朝には、寝る前に脱いだ靴が、移動されているごとに気づいていた。母親も、その足音が聞こえていたことを認めた。それに、ある日その元将官がスコッチウイスキーのソーダ割りを飲んでいると、ひとりでにそのグラスが移動して、床に落ちて割れた。二、三日後には、今度は、その元将官が使っていた水差しが、同じようにして割れた。彼は、何かおかしなカが働いていることを認めざるをえなかった。トランス・サイキックの助けを借りることを助言され、トランス・サイキックのアイリーン・ギャレットがこの事例を扱うことになった。そして、この家の母親の死んだ弟が起こしていた現象だったと判明した。彼は、二年前に精神病で死んでいた。彼は、その病気のときに、遺言書を作成していた。その中で彼は、最愛の妻には何も残さないで、白分の家屋を遠縁の従兄弟にゆずるとしていたのだった。死後、彼は自分のしたことを悔やみ、どうにかその状況をただそうとして、必死だったのだ。それで、姉の家族の注目を引くために、音を立てたり、物品を移動させたりしていたのだ。彼のこういった試みは成功した。そして、この幽霊現象もやんだのである。

ここまでの事例から、以下のごとが明らかとなった。つまり、どのようなことであれ、故人がやり残していると感じている気がかりな「未完成の仕事」があれば、それが故人を地上に(肉体がなくなっているのに)とどまらせてしまうということだ。単に、その故入が重要だと思い込んでいるものでありさえすればよい。

舗道の上のミミズの死

今年の夏はすごい暑さですね。どうしたんでしょうか。

住居から借りている駐車場まで歩いていると、夏の暑さのせいか、やたらとミミズの死骸を舗道上に見つけます。帰宅してから、調べものをしていたら落ちてきた本があり(本だなが整理されてなくてよく崩れます)、中をパラパラと読んでいたら、ミミズの輪廻転生を憂う文章に出会いました。素晴らしきかな偶然は・・・。もったいないので以下に紹介しますね、

輪廻転生-路上のミミズは干からびて死ぬのではない
ミミズの死因を実験で追究
東洋思想の「輪廻転生」がいかなる社会的背景のもとに生じたのか、一度調べてみたいと考えている。現世の恵まれない生活環境から来る不満感・不幸感を吸収するという社会的背景があるような気がしてならない。つぎの生まれ変わりに期待しても、現状よりよい環境に生活できる保証はどこにもない。生まれ変わってみたがミミズかもしれない。
アスファルトの舗装道路にミミズが干からびて死んでいる姿はよく見かける。現世の生活に不満をもったミミズが、道路を横切り新世界を巨指したものの、水たまりで溺れて、アスファルトの上で乾燥して死んでしまうのだと考えていた。道路の向こう側も、こちら側と同じ世界が待っているのに。
ミミズにも神経がある。体を縦に走り、それぞれの節に情報を伝達している。この神経を用いた実験がある。用意するものとして、プラスチックの箱に五ミリメートルおきに銅線をハシゴのように並べたものが必要である。それぞれの銅銭はは独立していて、任意の二本ずつのペアーを刺激用のものと、神経活動を導出するものに用いる。中央の一本をアースにする.ミミズの神経を電気刺激すると神経活動電位が記録できる。刺激の銅線と記録の銅線の距離を、刺激からこの活動電位が記録されるまでの時間で割ると、神経の伝導速度が計算できる。
まず、問題は、ミミズをこのハシゴの上にどう置くかである。ミミズも生き物、ただ黙ってそこにいてはくれない。麻酔が必要である。ミミズの麻酔は、10パーセントのアルコール溶液にポチャと浸けるだけでじゅうぶんである。ミミズが酔っ払って眠ったところで素早く実験せねばならない。酔いから醒めたミミズはすぐ矢シゴの上はいはじめる。
ミミズのよりよき輪廻転生を祈ろう
著者らのミミズの実験のもくろみは、単一神経線維の伝導が温度によってどう変化するかを観察することであった。室温から冷却していくのは装置としてむずかしい。そこで逆にまずこのプラスチックの容器を氷で冷やし、低温から開始する。室温に比べ、低温では神経伝導速度は低下する。ところが神経の活動電位は低温ほど大きくなる。神経活動電位の振幅はあまり変化しないが、電位の幅が大きくなる。その理由についてはここでは省略させていただく。
今度は少しずつ温度を上げていく、伝導速度は速くなるが、神経活動電位の幅は小さくなっていく。室温を超してさらに温めると、突然、神経活動が起こらなくなってしまう。つまりミミズの神経線維は温めると麻痺してしまう。その理由については著者はまだよく知らない。
アスファルトの上で死んでいるミミズは、干からびて動けななるのではなく、夜中に土のなかからはい出して、新天地に到達する前に朝日が当たると、体が温まって神経麻痺のために死んでしまうようである。干からびて死ぬよりは苦痛の少ない死である。
ミミズのよりよき輪廻転生を祈ろう

とまあ、こういう次第であります。ドラキュラではないが、夜中に仕事は終わらしていないとまずいみたいですね。朝日がでて、しまった!と後悔しても、もう死んでしまうとのことです。夏は夜が短いですから気を付けましょう・・・・。

ちなみに、体の反射のふしぎ学―足がもつれないのはなぜ? (ブルーバックス)からの引用でした。

生きがいのメッセージ / 飯田史彦

生きがいのメッセージ―愛する故人とのコミュニケーションがもたらす新たな人生観を読んでいます。しばらく前に購入してつん読してあったものです。

編集なされている飯田史彦氏の本は何冊も愛読しているものですから、購入しました。内容はパラパラとめくり読み程度で、スピリチュアルな本だなぐらいに思っていました。テーマは死後とか、前世とか飯田氏の定番といえるようなもので、また、彼は似たような著書がたくさんあるものですから、読んだかどうかさえもわからなくなっていました。

少し前のブログで紹介した猿の詩集で述べたように、亡き父の気配を感じたことがあって、実の姉に電話をしたときにその話になって盛り上がったりしたのですが、電話の後に本屋に寄ったときにこの本「生きがいのメッセージ」を見たのです。何か見覚えがあったので、家にあるだろうと思い、探したら見つかりました。

ということで、ただいま読書中です。「2000人の人々と面談し、3300件にわたる体験談を収集してまとめ上げた」とのことですが、似たような話が綴られているわけで、若干飽きてきた所ではあります。

飯田史彦氏の簡潔にまとめ上げる才能はかなりのものなのですが、氏をもってしても冗長さがぬぐえないというと、原書はかなりの退屈な書籍だろうと思います。

原書のタイトルは「After death communication」、日本語でいえば「死後交信」とでもなるのでしょうが、飯田氏はオカルト臭さを排除するために「コミュニケーション体験」などといっています。

シンクロニシティ(意味のある偶然)により、読むことになった本書ですが、読むほどに、先日の父親の気配は本物だったんだなぁと感じた次第です。

実際、この本に書かれているような死者との交信は、予想以上に多いのではないかと推察しています。5人に一人以上、つまり20パーセント以上は何らかの体験をしているようなきがするなあ。

このブログを読んで、思い当たることがあって、是非紹介したいという方がいられるようでしたら、コメントしてもらえればうれしいですね。